・※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 浅間山荘事件 … メディアのあり方
2025年3月22日、日本のラジオ放送の開始から100年を迎えたということで、NHKでいろいろな特集番組が放送されています。
先日、過去の事件などの出来事を紹介する番組がNHKで放送されていて、たまたまその番組を見ました。
その番組の中で、1972年に起こった浅間山荘事件を紹介していました。
その番組を見て、情報を正しく伝えることの難しさと、
切り取られた情報によって人は簡単に誤った方向に誘導されてしまう怖さを感じました。
その事件で人質になった方が無事に助けだされて病院でインタビューを受けておられ、
人質になった方が言った「うどんが食べたい」という部分だけが放送されたようなのです。
その番組を見た視聴者の中には「事件で警察官が亡くなっているのに『うどんが食べたい』
とのんきなことを発言するとはけしからん」というように思った人が多くいて、
被害者宛てに、抗議の手紙が何通も送られてきたようなのです。
その講義の手紙の中にはカミソリが入っているものまであったそうです。
実際のインタビューでは、最初に被害者の方は警察官に対する感謝の意も述べられていたそうなのですが、
その部分は放送されず、「うどんが食べたい」という部分だけ切り取られる形で放送されたようなのです。
「今、何か食べたいものがあるか」との質問に対して、ただ「うどんが食べたい」と答えただけなのに、
その部分だけ放送されたことにより、人質になった方が事件の後も別な理由でまた苦しい思いをしなければならなかったようなのです。
その話を聞いた時に、人は事実の中の「ほんの一部」しか知らないだけでも、良いとか悪いと判断してしまうのだと思いました。
また、最近はSNSなどの誹謗中傷が問題になっていますが、問題はインターネットが普及した最近始まったことなのかと考えていました。
この番組を見て、インターネットもパソコンも存在しないかなり以前からずっとあった問題で、SNSだから … ということでもないようなのです。
正義感から言ったり行動したりしている人もいるとは思うのですが、
物事のほんの一部だけを見たり聞いたりして、他のことは自分で調べたり確認したりしようともせず、
対象の人の人格を全て否定するようなことを人はするのだと怖い感じさえしました。
その番組では、メディアのあり方にも疑問を投げかけていました。
コロナ禍でトイレットペーパーが無くなったニュースや、令和の米騒動で米が店頭から消えた件にも触れ
在庫は十分にあるので冷静に対応するようニュースでは呼びかける一方で、空になった棚の映像をニュースで映したことで
視聴者は、トイレットペーパーや米が本当になくなっているのだと思い込んでしまったようなのです。
店頭からトイレットペーパーや米が消えた原因にもなったのでは … と番組内で反省する「ふり」をしていました。
「ふり」としたのには下記の理由があります。
その番組の中で、浅間山荘事件のことを取り上げた時に、
当時多くの人が浅間山荘事件のニュースのことを見ていたように言っていたのです。
多くの人が浅間山荘事件のニュースを見ていたのは確かに事実だと思います。
ただ、当時はテレビのチャンネルをどの局に変えても全て浅間山荘事件だけしか放送していなかったのです。
いくつかの番組から、感心があって浅間山荘事件のニュースを選んで見ていたというより、
他の番組が放送されておらず、パソコンやスマホがある時代でもなく他に見るものがなかったというのが実際のところで、
仕方なく見ていた人も多くいたと思われます。
当時のことを質問すれば、ほとんどの人は浅間山荘事件のことは覚えていると思います。
ただ、そのことを「多くの人が浅間山荘事件に関心があって見ていた」かのように放送するのにも疑問を感じました。
※ 当時は、個人情報と言う観念もなかったのだと思います。
人質になった方の実名も放送の中で何度も連呼されていました。
いまだに、その方の名前を憶えている方もいるのではないでしょうか
浅間山荘事件
意見を言いたくなる時
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 意見を言いたくなる時
①
人が何かに対して、誰かに対して意見を言いたいと思うのはどんな時、どんな場合なのでしょうか?
考えられるケースを3つに分けて考えてみました。
① 自分が被害を受けたり迷惑なことをされた時
夜、歩いていると対向してくる車や自転車のライトが上を向いていて非常にまぶしい時があります。
条例で、路上喫煙が禁止されているにも関わらず平気で歩きタバコをしている人と出くわす時があります。
このように、自分に被害や迷惑な行為が及んだときは、相手に対して文句の一つも言いたくなります。
ただし、直接文句を言うかどうかは別な問題になります。 法律などで決まっていて、自分が正しいと
思われる場合でも、文句を言ったばかりに、トラブルに巻き込まれることがあり得ます。
私の場合は、なるべく走ってその場から去るようにしています。
あらかじめ、路上喫煙の人がいると分かっている場合は通る道を変えたりしています。
② 知名度や影響力がある人が弱い立場の人を守る場合
森永 卓郎さんや杉村 太蔵 さんのように、ある程度知られて影響力がある人が、
弱い人のために、発言してくれる場合があります。
本人たちは、経済的には恵まれているようです。
直接迷惑や被害を受けているわけではなく、特に何も発言しなくても誰にも何も言われません。
ただ、将来の日本や弱い立場の人のことを考えて、発言してくれているのです。
・ ③ その他
自分が迷惑しているわけでもなく、他の弱い立場の人を守るためでもなく
ただ単に他人を攻撃するような人がいます。
中には「世の中をよくするため」のような正義感を持って何かを発言している人がいるかもしれません。
ただ、その根拠となる情報は自分で正しいと確かめたわけでもなく、インターネットで見かけた…というぐらいで
意見をしたり、誰かを非難する人がいるのです。
③ の多くの場合 「個人の自由で、誰にも迷惑かけていない」と思われるような行為に対しても
意見を言ったり、非難をしていることが多いのです。
そして、それらの意見や非難は、ほぼ自分の名前などを言わない匿名の状態でされているのです。
先日、英語の質問をするサイトをみていたら、今説明したような質問を見かけました。
内容は「知人が英語の資格試験の勉強をしていますが、無意味だということをどうやったら教えてあげられるか」 … というようなモノでした。
知人とは言え、他人が何かの目的で何かを勉強をしている場合、それがある人から見たら無意味に思えるかもしれません。
ただ、その勉強によって誰にも迷惑をかけていないのであれば、他人が何かを言うようなことがらではないように思えました。
最近は、SNSなどいろいろな手段を使って匿名でいろいろ発言できる世の中になってきました。
そのためか、真偽もわからないような噂話(うわさばなし)のたぐいから、個人の誹謗中傷まで増えてきているようなのです。
最近見始めたアニメ「推しの子」の中にも、これに似たエピソードがでてきました。
実際に自分の目で見たり、本人から実際の話を聞いたわけでもないのに、そのドラマの中では
真偽もはっきりしない情報をもとに個人を非難したりひどい言葉を投げつけているのです。
ドラマの中では、誹謗中傷された子は、耐えきれず高架橋から飛び降りて自殺を図るのです。
心配になって探しにきていた主人公によって間一髪で助けられる … というストーリーになっています。
そのような誹謗中傷に対して個人でできることは、そのような誹謗中傷に参加しないことぐらいしかないかもしれません。
誹謗中傷がどうして無くならないかは、もともと人間が持っている嫌な性質に関係しているように思えてなりません。
・・
田舎暮らしは好きですか? 憧れますか?
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□ 田舎暮らしは好きですか? 憧れますか?
人間関係が希薄な都会に住んでいると、他人とより接することができる田舎暮らしにあこがれる人もいるのではないでしょうか。
逆に、人間関係がうっとうしいと感じる人は、都会暮らしが気楽で向いているかもしれません。
どちらが向いているかは、個人の性格にもよっているように思えます。
実際に「田舎」と呼ばれる場所で生まれ育った私の場合は、都会暮らしの方が向いているようです。
人と話すのは嫌いではないですが、何日も誰とも話さないでも平気でいられます。
人と接することで気疲れするんだったら、そのようなことは避けたいな … ぐらいの気持ちもあります。
田舎と一口に言っても、いろいろあると思います。
ただ、都会では他人に無関心な人が多いのに対して、田舎では近所の人に感心があるような感じがします。
田舎では、常に誰かに見られたり、人の目を意識してしまうところが少なからずあるようです。
「どこどこの△△が〇日にどこかに自動車で出かけたとか」見ていて、それが人が集まると話題になるのです。
別に非難しているわけではないのですが、話しのネタになっているのです。
へたをすると、本人は誰にも言っていないのに、本人以外はみんな知っている … なんてこともありそうです。
「他の人に迷惑かけてなければ、自分の時間で自分が何をしようがかまわんやん」という考えがあると思います。
ときどき、どうして田舎はこうなんだろう … と考えることがあります。
共通の話題が少ないということも関係しているような気がしています。
近所の人の中には共通の趣味や興味のあることが同じという人もいるのでしょう。
一方、そのような趣味や興味が一致しないことも多いと思うのです。
そうすると、会話をしようとすると、どうしてもお互いに知っている近所の人の話になってしまう … とはありえそうです。
このようなことは努力することではないかもしれません。ただ、近所の人の話や噂ばなしばかりしているのなら、
都会でも田舎でも、何か別の楽しい話題を見つける努力がもっと必要なのかもしれません。
また、自分が夢中になれる何か持っていたら、他の人のことに注意を向けている暇はないのではないでしょうか。
もし、現在夢中になれるものがないなら、夢中になれる何かを見つける努力をすることは必要な気はしています。
近所の人の話ではなく、違う種類の楽しい話をしたいとは思いませんか?
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※「いったい、何を話していたのだろうか?」… 海外のとある田舎の村の話 ⇒ コチラ
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いったい、何を話していたのだろうか?
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□ いったい、何を話していたのだろうか?
英会話学校に通っていた時に知合ったフランス語を勉強していた M さんという人の話になります。
その人は、カナダ人のガールフレンドと何年か海外旅行に行かれていました。
その旅から戻ってきたときに、旅の話をいろいろ聞く機会がありました。
写真を見せてもらいながら話を聞いた記憶があります。
みんなが知っているような観光地をツアーで回ったのと違い、
聞いたことがないような場所を気の向くまま訪れて好きなだけ滞在し、
お金が少なくなってきたらバイトしお金を貯めて、またあちこち行くような生活をされていたようです。
興味深い話をいろいろ聞いたのですが、一番印象に残っていて今でも時々思い出して考えることがあります。
その話は、電気もガスも水道もないような村に滞在した時のことでした。
家族が住んでいる家があり、Mさんと彼女は、その家から少し離れたところに住まわせてもらっていたようです。
日が暮れると、お世話になっていた家族の家からは、毎晩話し声が聞こえてきたようなのです。
M さんも M さんの彼女も、現地の言葉が理解できないので、その家族が実際に何の話をしていたかはわからなかったそうです。
ただ、その家族は、なにやらみんなで楽しそうに話していて、笑い声がよく聞こえてきたということなのです。
その話を聞いた時に、まず思ったのが、その家族はいったい何について話していたのだろうか … ということです。
電気がないので、テレビを見ることもラジオを聴くことできません。今のようにスマホもない時代の話です。
テレビでもあれば、みんなで「お笑い番組」をみて大笑いしていたことも考えられます。
その時家族で一緒に見ていなくても、以前見た番組の話も思い出しながらできるでしょう。
でも、そういった外部から入ってくる情報はほとんどなかったと思うのです。
そのような、外部からの面白い話などがないのに、みんなで話して笑えることってなんなのだろう … と今でも時々考えてしまうのです。
・
おそらく、生活をするためには働く必要があります。家族で農業か何か一緒にしていたのかもしれません。
その日にしたことで「こんな面白いことがあった」というのを語っていたような気もしています。
・ ・ 「〇〇の作業をしていた時に、お兄ちゃんがこんなドジなことをいたんだよ」 … みたいなかんじです。
言い争っているでもなく、何かに腹を立てているでもなく、毎晩家族で笑って話せる。
話を聞いた時に … すごいうらやましいことだなと思い、今でもその話を思いだすたびにそう感じているのです。
今の中高生や大学生は、他の人と話題を合わせるために、ドラマを倍速で観たりするそうです。
そうしないと、友達の話についていけなくて取り残されたような感じになるそうなのです。
そういった共通の話題となるドラマや映画、お笑い番組などなかったら、彼らは一体何を話すのか … ということにも興味があります。
もし、そういったドラマなどの外部から入ってきた話題がない時に、すぐに話すことが無くなってしまうようなら
自分たちには、本当に話すべき話題がないとは思いませんか?
Mさんが泊めてもらった家には、そういった娯楽のようなものはなかったかもしれません。
でも、うらやましくなるような豊な心があったような気がしています。
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少子化対策「機内サービスの充実」
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□ 少子化対策「機内サービスの充実」
インターネットで「日本の少子化は、結婚が阻害要因で、結婚をしたくてもできない状況がある」という記事を見かけました。
国会では、高校の授業料の無料化や、給食の無料化について議論されています。
東京都は、無痛分娩に補助金をだそうとまで言っています。
これらの対策は、結婚した人に対して、子供がいる人に対して有効な対策なのです。
無痛分娩に補助金が出て、給食が無償になり、高校の授業料が無料になるから結婚を考えよう … という人が増えるとはとても思えないのです。
政府や地方自治体が行おうとしているこれらのことが、悪いことだとか、無駄だとか思っているわけではないのです。
ただ、もう少し先に行うべき重要なことが他にあるのではないか … ということなのです。
ネットで読んだ記事には、次のようなことも書かれていました。
「少子化対策において言うと、飛行機に乗れなくて困っているのに、機内サービスばかり充実しても…」
今、国会で時間をかけて議論しているのは、実は「機内サービスの充実」なのです。
お金がなくて飛行機に乗れない若者が沢山いるにもかかわらず … にです。
いい加減、所得が低い非正規社員の若者の数を減らしませんか?
低い金額で雇うことができる非正規雇用の従業員はないと困ります。
政治家は企業から献金をもらっているので、非正規雇用の従業員の数を減らすことは議論してはいけないことなのです。
審判ロボット (プロ野球)
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 審判ロボット (プロ野球)
野球の試合を見ていると、明らかにストライクなのにボールの判定だったり、またその逆の判定がされることが時々あります。
それによって試合の流れが変わってしまったり、ピッチャーの調子が急に悪くなってしまうのを見たことはないでしょうか。
私は、ずっと以前からストライク・ボールの判定ぐらい自動でしたらいいのに…と思っていました。
レーザーなどを使ってボールが横切ったかどうか検出していればいいだけなので、
それほどお金を使わなくても実現できそうな感じがしていました。
そうすれば、実際に試合をしている選手も、
見ている人もイライラしたり不満を持ちながらプレーしたり試合を見なくていいのです。
2025年のシーズンからMLB(アメリカのメジャーリーグ)で、
ストライク・ボールを監視するシステムがテスト的に導入されたらしいのです
ピッチャーやバッター、キャッチャーが審判の判定に疑問を持った時に指定のジェスチャーをすれば
ストライク・ボールを自動判定する審判ロボットが作成した判定内容がスクリーンに映し出されるのです。
特にメジャーリーグでは、今まで「誰が見ても明らかに判定ミスだろう」と思われることが何回もあり
その判定について異議を申したてたくても、これまでストライク・ボールに関してはビデオ判定を使った確認はできませんでした。
このシステムが本格導入され、意義を申し立てる時だけでなく、常に自動でストライク・ボールが判定されたら
不平や不満を持ってプレーしたり観戦したりすることが、今までより格段に減ることが予想されます。
今回は、野球(メジャーリーグ)のことですが、誤審が続く柔道などの試合でも
100年後には、少なくとも自動判定やビデオ判定などが導入されていなければ、
柔道はすたれていくことさえあり得るように思えてなりません。
オリンピックでの誤審は、その人の人生を左右させるぐらいの影響があります。
やっている選手も見ている人も納得できる審判のシステムが絶対必要と思います。
縦長? 横長?
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 縦長? 横長?
スマートフォンの登場によって、今まで横長が主流のものが縦長になってきているものがあります。
コミックなどは、そのいい例かもしれません。
スマートフォンで見やすいように、縦に読み進めるものが多くなってきているようです。
一方、パソコンはどうでしょうか。
ひと昔前は、スクエア型といって、縦と横の比率がそれほど変わらない正方形に近いモノが主流でしたが、
最近は、販売されているモノのほとんどが横長のものです。
「超」がつくような、極端に横長のモノも販売サイトでよく見かけるようになりました。
以前は、文章の資料と言うと Microsoft社 の Word (ワード) で作成した、縦長のモノが多かったように思えます。
そのWord (ワード) で作成した文章を横長のモニターで見ると、横に不要なスペースがあったり、
スペースをなくすために資料を横いっぱいに広げると、今度は縦方向が収まらないので縦方向にスクロールする回数が増えるなどしていました。
そのため、そういった縦長の資料を見たり編集するために、横長のモニターを90度回転して縦長で使う人さえいるくらいです。
もともと、文章は縦長の用紙で作ることが多いためか、文章は縦長という固定観念のようなモノを持った人が多いのではないでしょうか。
パソコンに限って言えば、今まで縦長で作成していた文章などの資料なども横長で作ろうと思う人も増えてきているのではないでしょうか。
大きいモニター / 複数モニター
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 大きいモニター / 複数モニター
スマートフォンの性能がどんどん良くなってきています。
将来のスマートフォンの性能は、もしかしたら現在のパソコンの性能よりよくなっている可能性があります。
そうなると、スマートフォンがパソコンにとって代わっているということもあり得ないことではなさそうです。
仮に、そのような状況になったとしても、スマートフォンでは難しい作業があります。
一つは、スマートフォンの画面が小さいことからくるものです。
何らかの方法で大きい画面も使えるようにしなければならないと思います。
現在でも、作業の中には、大きな画面の方が効率がいい場合があります。
一つは、Microsoft社 の Excel (エクセル)という表計算ソフトを使う場合です。
Excel を使っていると、どうしても横に長くなってくる傾向があります。
横長になってくると、どうしても、画面に全てを表示させるのは難しくてスクロールという全体を横にずらしていく操作が必要になってきます。
確認したり、データを書き込んだり、更新したりするために何度もスクロールを繰り返すのはそれだけ作業に時間がかかってしまいます。
この時、大きなモニターがあれば、そのスクロールが不要だったり、スクロールする回数を少なくすることが可能になります。
作業を効率よく、楽にするには大きな画面を使うことも有効ですが、複数のモニターを使うことも有効な場合が多いです。
1つの作業をするために、複数の資料を使っている場合など、1つの画面に参考資料などを表示させ、
別な画面で作業をする … なども可能になってきます。
1つの画面で複数の資料を同時に使う場合は、上下や左右に2つの資料を並べて置くことが考えられます。
そうなると、1度に見ることができる範囲が狭くなり、同じ作業をする場合も作業量が増えることが考えられます。
作業の能率を上げるには、ショートカットキーを使うなどの方法もありますが、
大きなモニターや複数のモニターを使うことで、効率を上げることも可能になります。
「御上先生」の教室
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□「御上先生」の教室
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「御上先生」は、TBSテレビ系で日曜日に放送されている私立高校を舞台としたドラマです。
第1話からストーリーに引き込まれ、1話見終わると次が楽しみになる展開になっています。
ドラマの内容とは別に、ドラマで使われている教室の備品で驚いたことが2つありました。
1つ目は、プロジェクタです。
番組の中で、プロジェクタはどうやら教壇の真上ぐらいの天井に設置されているようなのです。
その位置から、スクリーンとなる黒板に資料などを映しだすようになっています。
最近のプロジェクタは、台形補正の機能があり、プロジェクタとスクリーンに多少角度があっても歪まないことは知っていました。
番組の中では、想像をはるかに超える角度で、しかも映し出されていた映像は、全く違和感がないことにも驚きました。
プロジェクタが黒板に近いところに設置されていることによって、教壇に人がいても、プロジェクターの光を人が遮らないため
その人の後ろの黒板に映った映像が欠けたりしていないのが、見慣れていない私には不思議な感じでした。
プロジェクタで、もう1つ驚かされたことがあります。
映し出された映像で、アンダーラインを引くときに、ペンのようなもので黒板に線を引いているのですが、
どうやら、黒板に直接書いているというより、元の資料に線を引いていて、それが映しだされている感じだったのです。
「今、こうなってんの」… 何かのテレビコマーシャルで使われている言葉ですが、まさに「今、こうなってんの」でした。
最近、プロジェクタで写された資料を、前に行って説明する機会がありました。
プロジェクタとスクリーンの間にうっかり自分の体を入れてしまったら「あら、画像が消えてる」… ふと最新のプロジェクタのことを思い出しました。
・
2つ目は、生徒が座っている机です。
今まで、学校の教室で生徒が座っている机は、天板があり、その下に教科書などを入れるスペースと机の足がある簡単な構造のものでした。
今回「御上先生」の教室で見たものは、その基本的構造に加え、前の部分に膝の位置ぐらいまでスチール製と思われる板があるのです。
最近は短いスカートを履く生徒もいて、机に座った時に生徒も先生も気を使っているのではないかな…と思っていました。
机の前に板があって、多少短いスカートを履いていても気にならなくなったのではないかと思いました。
それから、ドラマで教室の机の配置をみると、机と机の間隔が横方向に少し余裕があるような印象をうけました。
机の幅をもう少し長くしてもいいのでは … と思いました。
最近、机の上に置くのは教科書とノートと筆箱だでけなくタブレットなどもあるのです。机少し狭くないですか?
・・
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今回のドラマの舞台は私立高校です。私自身、もう何十年も実際の学校の様子は見ていません。
教室の様子を知るのは、このようなドラマや映画を通じてになってしまいます。
公立の中学や高校が、今回のドラマとどう違うのか、同じなのかにも少し興味があります。
学校の備品のことではありませんが「御上先生」を見て気が付いたことがあります。
御上先生は、学校で生徒と話す時に自分のことを「ぼく」と言っているのです。
「何か変ですか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。
他の学園ドラマを見たことがあると思うのですが、多くの学園ドラマで登場する教師は自分のことを「先生」と呼んでいるのです。
一人称って「私」とか「ぼく」とかですよね。「先生はね …」と、自分のことを先生と呼ぶ学園ドラマにずっと違和感を持っていました。
御上先生は、大学を卒業していきなり教師になったわけではなく、文部科学省に勤めたということもあるのかもしれません。
ただ、自分のことをちゃんとした一人称で呼ぶ教師が少し新鮮でした。
最後に、ドラマの中で御上先生が言っていた言葉についてです。
黒板に説明を書き終わった後に、こう言います。
「ただ書き写すだけだったらスマホで黒板の写真を撮って終わりにすればいい。でも、どこか間違っているところはないかと思って考えながら書き写していると自然と頭に入ってくる」
個人的には、プロジェクタもあるのだから、いちいち黒板に書かなくても、あらかじめ作った資料をプロジェクターで映し出し、説明する形でもいいのでは … と思いました。
映した資料は、どこかの共有フォルダに保存しておけば、黒板を写す作業が不要になり、
黒板を写すだけの作業の時間を、問題を解いたり覚えたりすることに使うこともありなのでは … とも思いました。
おそらく、何年か何十年かたったときに、そのような授業が普通になっているような気がしています。
スキー大会
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□ スキー大会
実家があったところから国道で4キロメートルほど登ったところにスキー場があります。
毎年そこで、アルペンスキーの大回転の大会があります。
私も、その大会に何回か出場したことがあります。
最近は、便利になりインターネットのライブカメラでスキー場の様子が、冬だけでなく他の季節も見ることができています
大会の参加者もインターネットで確認することができるのを、昨年(2024年)たまたま知り、興味本位で見てみました。
大会は、年齢でいくつかのクラスに分かれています。
私が大会に参加していた時は、10~20才代の参加者が多く、記憶によれば参加者が少ない年配のクラスから
スタートしていたため、10~20才代の頃参加していたため、自分の順番が回ってくるまで結構待っていた記憶があります。
それと、自分の前に数多くのスキーヤーが滑っているためコースが荒れていたのも覚えています。
2024年の参加者リストを見て驚いたのが、若い人の参加者が全然少ないのです。
それに対して、年配のクラスの参加者が異様に多かったのです。
ちょうど、私が参加していたころの若いクラスと年配のクラスを反対にしたような参加者の年齢構成になっていました。
若いころに大会に出ていた人が、競技スキーをまだ続けていて参加しているのを感じる一方
今の若い世代の人のスキー人口が少なくなっているのを感じました。
若い人の人口が減っているのはあると思うのですが、おそらく若い人でスキーをする人の数も減っているのでしょう。
若い人のスキー人口が減ってきている要因はいろいろあるのでしょうが、
若い人の収入が低くなっているのも原因のような気がしてなりません。
以前は働いている人はほぼ正規社員でした。
給料が高くなくても、多くの人は年に数回ぐらいスキーができる余裕はあったと思います。
スキーは非常にお金を必要とするスポーツです。スキーは、最もお金のかかるスポーツの1つと言っていいと思います。
スキーウェア、スキー・スキー靴などの用具代が必要です。
スキー場の多くは山の中にあるため、スキー場に行くにも自家用車がないとなかなか行くことが難しいのです。
それに加えて宿泊代やリフト代金、街中でするより高額な食事代もかかります。
そのような費用を考えると、スキーを始められない人も多いのではないでしょうか。
スキーをしている人の中には若者もいます。ぜひ、その人たちに聞いてみてください。
「正社員ですか」か「非正規社員ですか」…と、ほとんどが「正規社員」と答えるでしょう。
お願いします、若者にスキーを始められるくらいの収入を与えてください。
□ AI(Copilot に聞いてみました)
[質問]若者の中にも、スキーやスノーボードを楽しむ人はいます。その人たちの正規雇用と非正規雇用の比率を示すデータはないですか。
Copilot 回答
スキーやスノーボードを楽しむ若者の正規雇用と非正規雇用の比率に関する具体的なデータは見つかりませんでした。
ただし、スキーやスノーボードを楽しむ人々の多くが安定した収入を持つ会社員であることが示されています。
特に、首都圏在住の30〜40代の会社員が中心層であることがわかっています。
※ 経済学者の成田悠輔さんは「なぜ人は誰も見てないSNSアカウントで政治に吠えたくなってしまうのか」と投稿されています … 私のことです
若者の自動車離れ
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。 □ 若者の自動車離れ 「若者の自動車離れ」という言葉を時々聞くようになりました。 「若者の自動車離れ」と聞くと私は、「自動車に興味を持つ若者が少なくなってきた」という印象を受けます。 私は、「若者の自動車離れ」という言葉が物事を正しく言い表していないような感じがいつもしています。 以前に比べ、いろいろな娯楽や興味を持つものが増えて、自動車に興味を持つ人が減ってきた一面があるかもしれません。 ただ、それだけでは片づけられない要素が含まれている気がするのです。 自動車を保有することは、とてもお金がかかります。 アパートに住んでいて自動車を購入すると、駐車場が必要です。 この日野市でも、駐車場代金は1万円で借りられるところはないと思います。 車検や保険などを考えると、平均月1万円は必要と思われます。 自動車に全く乗らなければガソリン代は不要ですが、それでも月2万円は必要になってきます。 通勤などで自動車に乗らなくても週末どこかに出かけるのであれば自動車を所有する意味もあるかもしれません。 非正規社員などの収入が少ない人の中には、ほぼ引きこもり状態であまり出かけない人も多いと思います。 そのような人にとっては、自動車を所有することは生活を苦しくするだけで何も良いことがないのです。 自動車を所有しようという気持ちにさえならない若者も多いのでは、ないでしょうか。 そのような人たちのことは考えないで「自動車に興味を持たない若者が増えてきた」ようなイメージを持つ 「若者の車離れ」という言葉には違和感を感じてしまうのは私だけでしょうか。 そして、こんな世の中に誰がしたのでしょうか。 それは、大量の非正規社員を生んできた大企業と政治家のせいではないのですか? 自動車は海外で売れたら、日本国内で車が売れなくても問題ない。 それより生産コストを下げるために非正規雇用は必要 … というのが大企業と政治家の考えだと思うのです。※ 経済学者の成田 悠輔さんは「なぜ人は誰も見てないSNSアカウントで政治に吠えたくなってしまうのか」と投稿されています … 私のことです
久しぶりのトンカツ
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□ 久しぶりのトンカツ
以前、本当ににギリギリの生活をしていた頃のことですが、外食をする余裕は全くありませんでした。
そんな時に「外食をしない習慣」が身についてしまい、その後少し余裕が出てきてもずっと続いていました。
新型コロナが流行する前からずっと外食しない生活をしていたため、多くの人が外食を控えるなか
私の場合は、新型コロナが流行しても、生活スタイルは特に影響しませんでした。
少し前から、ときどきは外食をしてもいいのではないか … と思うようになってきました。
そんな時に「久しぶりにおいしいトンカツ食べたいな…」と思ったのです。
用事があり、(2025年)1月末に有給休暇をとって隣の立川市に行ってきました。
いい機会なので映画を観て、その後にカツ屋に行きました。本当に久しぶりでした。
どれぐらい久しぶりかと言うと、思い出せないくらいで、前回外食でトンカツを食べたのは20年以上前のことです。
トンカツを20年以上食べていないというわけではなく、スーパーのトンカツはよく買ってきて家で食べていました。
久しぶりに食べた、トンカツ屋のトンカツですが「こんなにおいしいのか」… 感動でした。
噛んだ瞬間にサクッ、中がジュワ … おいしい~♪
いつも食べているスーパーのトンカツと全然違ったのです。
こんなにおいしかったけぇ… トンカツ屋のトンカツ。
ご飯とキャベツをお代わりして食べきりました。
以前だったらもう1杯ごはんお代わりできたと思うのですが、お腹一杯で満足な食事でした。
ちなみに、そのお店のごはんもおいしかったです。私の場合、ごはんもおいしくないと大減点です。
思い出すと笑顔になってしまう … それくらい本当に美味しかったのです。
これをキッカケに、たまには「鰻(うなぎ)」以外でも外食しようと思いました。
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森永 卓郎さんが亡くなりました
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 2025年01月28日、経済アナリストの森永 卓郎さんが亡くなりました
森永 卓郎さんは、東京大学経済学部を卒業された後、誰でも知っているような有名な会社に勤められ
その後、獨協大学で教授をされながらテレビ番組などに出演されていました。
森永 卓郎さんは、どちらかというと「裕福な層」に属されていた方だと思います。
普通、人は自分や自分の所属するグループを守りたがるものです。
裕福な人は、裕福な層やその権利などを守りたがる傾向があるように思えてなりません。
ところが、森永 卓郎さんは、経済的弱者の味方で、ずっと経済的弱者に寄り添われていたのでした。
国会議員などのほとんどは、裕福な人たちです。
テレビ番組などで、何か討論をしたとしても、出席する人たちもほぼ裕福な人ばかりです。
そのような討論に出席している芸能人能人の方も、ほとんどの人は裕福な層に属していると思います。
経済的弱者・社会的弱者には有名な人やテレビに出演して、そのような場で発言できるような人はまずいないと言っていいと思います。
経済的弱者には力がなく、何か言いたいことがあり発言しようと思ってもそのような場はありません。
仮に発言するような場があり発言したとしても、誰かに聞いてもらえることはほぼないのです。
経済的弱者・社会的弱者の声が世の中に届く機会は、普通であればほとんどありません。
そのような中、森永 卓郎さんは、経済的弱者・社会的弱者のために発言し続けてくれていたのです。
力を持った人が本当にすべきことは弱者のために力を尽くすことだと思っています。
ただ、現実はどうでしょう。そのようなことをしてくれる力や発言力を持った人はほとんどいないように思えてなりません。
有名で力や経済力を持った人はたくさんいます。そのような人が発言したり動くのは、その人たちが属する社会のためのことばかりなのです。
森永 卓郎さんは「弱者のために力を尽してくれる数少ない人」だったのです。
現在、経済的弱者・社会的弱者にとって生きづらい世の中になっています。
そのような世の中において森永 卓郎さんの存在は、数少ない「勇気を与えてくれる人」「数少ない希望の光」だったのです。
森永 卓郎さんが亡くなられたことで、発言力がある数少ない経済的弱者・社会的弱者の味方の方が一人いなくなってしまいました。
私自身には、何の力もなく、このサイトも限られた方が訪問されているだけです。
それに森永 卓郎さんと知り合いでもなければ、お会いしたことさえありません。
それでも 森永 卓郎さんには、どうしても感謝を伝えさせていただきたかったのです。
本当にありがとうございました。
楽しい飲み会を!
※ この記事は直接英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 楽しい飲み会を!
頻度は人によって違うにしても、仕事で繋がりのある人とプライベートで、食事をしたり飲み会をしたりすることがあるのではないでしょうか。
私が、バイトなどではなく正規社員の仕事に就いた時は、職場の友達と飲んだりしても仕事の話をすることが多かったような気がします。
話す内容は、集まっている人の共通の話題のことが多いため、仕事関係の人の集まりであれば仕事の話をすることが多いかもしれません。
仕事を変えた次の仕事でも、週末の金曜日は仕事終わりに同期の友達と会社の近くのお店に行って飲むことがときどきありました。
その時は、なぜか仕事関係の話は全くしなかったように思えます。
ある時、そのお店にいる別のグループの人から声をかけられたことがありました。
私たちが、仕事以外の話で盛り上がっていたからのようでした。
その声をかけてきた人達によると、社会人は飲むと仕事の話をする人が多いのに、
私たちは仕事に関係ないことで楽しそうに盛り上がっていたから声をかけてきたようだったのです。
仕事関係の専門用語や略号は、仕事の中では端的に言いたいことを表現でき意思疎通できる利点があります。
一方、そのような専門用語や略号は、他のグループに属する人たちを寄せ付けないような「排他的」な一面もあると思います。
私たちが、雑談ばかりしていたことで「排他的」でなかったことで、全く知らない人が話しかけやすい雰囲気だったのかもしれません。
専門用語とは言わなても、ある世代で使われている言葉があります。
たとえば、若い人たちの間では「バイト先」のことを短縮して「バサキ」と言ったりするそうなのですが、
年配の人が「バサキ」と聞いても「手羽先」のことかと勘違いしてしまうかもしれません。
話は戻りますが、食事や飲み会での話題ですが、仕事ではなくプライベートなものもあります。
私は、そのような場であれば、仕事の話ではなく、映画やドラマのはなし、他の雑談でもなんでもいいのですが、もっと楽しいことを話したいと思っています。
会話に加わるためだけに、みんなが見ているドラマを早送りで見たり、インターネットで話題を探したりする努力はしなくてもいいような気がします。
普通に生活していても、面白いことが起きたり、感動したり考えさせられることは山ほど転がっていると思うのです。
2024年に放送された「マイダイヤリー」というドラマが放送されました。
ドラマのメインとなる登場人物たちは大学生で、学生生活から卒業して数年たったころまでのことが描かれていました。
ドラマの中では、殺人事件や事故が起きるわけでもありません。普通の大学生の普通の生活が描かれているドラマでした。
そのドラマを魅力的にしていたのは、普通の生活で起きることを会話の中で言葉遊びのように楽しんだり、考えたりしていたからのような気がしています。
そのドラマを見ると、同じことが起きても他の人とどのようなやり取りするかで、生活がいきいきとしたモノになったり、退屈な感じのモノになったり変わるような気がしてなりません。
平凡な生活も、楽しい言葉のやり取りによって、楽しく生き生きしたものに変えることができるように思えるのです。
プライベートの食事や飲み会で、仕事の話ばかりしていないで、平凡な生活について楽しく話しませんか?
花束はいらない
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 花束はいらない
映画やテレビドラマの収録が終わった時に、出演者にたいして花束を贈る光景をテレビなどで見たことがあると思います。
花束を渡すのは映画やドラマの宣伝という一面もあるのでしょう。
その光景を見た時に「あの花束は枯れたらゴミかな」とか「受け取っている人は本当にうれしいのだろうか」とか考えてしまうのは私だけででしょうか。
一般の生活において、花束を贈ったりもらったりするのは、本当に全員がうれしく思っているのだろうか … と疑問に思ってしまうのです。
実際に花が好きで、花束をもらってうれしいと感じる人もいると思います。
それに、私自身が関係しなければ、誰が誰に花束を贈っても贈らなくても、私にはどうでもいいことなのです。
ただ「花束をもらってうれしいとは思わない人もいること」も少しは考えてほしいという出来事がありました。
私が、以前働いていた派遣先では、その職場を去る時に花束を贈る習慣がありました。
私が、その職場を去ることが決まった時に、花束を手配しているだろう … と思われる人を知っていたため、
その人に花束ではなく植木にしてもらえないか事前にお願いしていたのです。
いざ、私が勤務する最後の日、仕事が終わり、いつものように職場の人が集まり私に渡されたのは花束だったのです。
「あ~あ」と残念な気持ちになったいうのが正直なところでした。
私は、外に自然に咲いている花をみるのは嫌いではありません。
しかし、花を買ってきたり摘んできたりして部屋に飾ったりしよとうは思わないタイプの人間なのです。
花束をもらうのが好きでない理由ですが、まず持って帰るのが大変だということです。
自動車で通勤しているのならいいですが、自転車や徒歩、電車など使って通勤していたら花束は荷物(じゃま)になってしかたありません。
花束を何とか家に持ち帰ったとしても、その後も大変です。花を飾る習慣がないので花瓶はありません。
適当な入れ物に水をいれて花束を飾ったとします。
しばらくは、もらった時の状態を維持していても1週間ほどでその花束はゴミになってしまいます。
面倒なことが嫌いな私には、花束を捨てるのも面倒で、最近はゴミを捨てるのも無料ではないのです。
世の中には、私のような人間も少なからずいると思っています。
全ての人が花束をもらってうれしいと感じるとは限らないのです。
私の場合、花を見て楽しむのなら、自然に生えていたり人の家の庭などで育てられている花を遠くから見るだけで十分なのです。
阪神淡路大震災
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□ 阪神淡路大震災
1995年01月17日の早朝に阪神淡路大震災が起きました。
当時、私はバイトでコンビニエンスストアで働いており、
地震が起きた時間、私はテレビをつけて働いていたコンビニに行く準備をしていていました。
テレビに表示された地震速報は中部地方で大きな地震があったというものでした。
同時に複数の地震が起きたためか、当時の地震速報の精度がよくなかったのか、なぜか地震が起きたのは関西地区の表示ではなかったのです。
※ テレビで表示された地震のあった地区は中部地方のどこかでの表示だったことを記憶しています。
いつものようにコンビニで働き始めて少ししてから、オーナーが淡路で地震があったと教えてくれました。
地震が発生してから、コンビニの募金箱は、しばらく阪神淡路大震災の募金用になっていました。
当時の私は、自分の生活が精いっぱいで、他の人のために何かするような余裕はありませんでした。
それでも、買い物をしたときのおつりは少しですが募金箱に入れるようにしていました。
そんな時に、私がレジをしている目の前でお客さんのうちの一人が1万円札を募金箱に入れたのです。
涙が出そうになったのを覚えています。それと、自分が経済的に余裕がでた時は、
そのお客さんに近づけるような行いをしようとも思いました。
アメリカで売られている日本アニメ映画
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□ アメリカで売られている日本アニメ映画
2024年の年末に日本のアニメをアメリカの Amazon で数本購入しました。
そのうちの3本です
Violet Evergarden: The Movie (ヴァイオレット・エバーバーデン)
Suzume: Movie (すずめの戸締り)
FRIEREN: Beyond Journey’s End – Part 1 (葬送のフリーレン 1~16話)
「日本のアニメをなぜわざわざアメリカで買うの?」と思う人もいると思います。
私の場合は理由が2つあります。
① 日本で購入するのと異なり英語の吹き替えと英語の字幕があるため
② 日本で購入するより安い
英語の勉強も含め、どのような英語で吹き替えされているか興味があるというのもあります。
また、送料などを含めても日本で購入するより安い場合が多いのです。
FRIEREN (葬送のフリーレン)は、英語目的というより価格が魅力で購入しました。
※ 円安のため、1ドル=100円 だった時に比べると1.5倍ほど高くなっています。それを入れても安い場合があります。
※ 販売されているディスクがアメリカの市場専用の場合があり、日本で販売されている普通のプレイヤーでは観られない場合があるので注意が必要です。
せっかく購入したのに観ることができない…ということがないように購入する前に日本でも見られるリージョンかどうか確認した方がいいと思います
日本のリージョンと違うディスクを日本で観るにはリージョンフリーのプレイヤーを使うか、パソコンのドライブで地域を変更するなど工夫が必要な場合があります。
今回購入したうちの上記の2本を英語吹き替え(英語字幕付き)で観てみました。
その感想を少し書いてみます。
アメリカの映画を、英語の字幕付きで観ると、話した言葉をほぼ忠実に字幕にされています。
これは、英語字幕が聴覚に障害がある人用だという理由があると思います。
英語がよく聞き取れなかった … などの時に英語の字幕が役に立ちます。
今回観た日本のアニメ2本に関しては、話している実際の言葉と英語の字幕の間に結構相違があったのです。
ちょうど、アメリカの映画を日本語字幕で観た時のような感じです。
話している言葉に忠実に字幕にしているというよりは、内容が理解できればいいだろう … というような感じの字幕でした。
アメリカで購入した日本のアニメは「言っている英語を字幕で確認する」にはあまり適していないと思いました。
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企業献金と非正規雇用
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□ 企業献金と非正規雇用
自民党が企業献金禁止に反対しています。
企業献金の何が悪いのでしょうか。
企業から献金を受けている場合、どうしても企業の意見・希望に沿うような政治をしなければなりません。
企業、特に大企業の意見・希望一つは非正規労働者の数を減らしたくないということです。
□「風が吹けば桶屋が儲かる」のように、
企業が非正規労働者の数を減らしたくなく、企業献金が続いた場合何が起きるが説明(予想)してみたいと思います。
① 企業は非正規労働者の数を減らしたくない
② 政府・政党は非正規労働者を減らそうとしません (政府は、非正規労働者の話題を避けているようにさえ見えます)
③ 所得が低い非正規労働者の数が減りません
(2025年現在、労働者のうち、およそ3分の1が非正規労働者と言われています)
□ それでは、非正規労働者の数が減らないとどのようなことが起きるのでしょうか
所得が低いため、自宅や自家用車が買えません。レジャーに使えるお金もありません。
購買力が低い非正規雇用の人の数が増えるため、結果的に企業の収入も減ります。所得税や消費税も低くなります。年金の支払い額雄低くなります。
※ 観光地で多いのは外国人ばかり、自動車を購入したりスキーをする若者の数が減っています。
※ 輸出で多くの利益をえている大企業は、非正規社員を多く使うことで安く製品を作り海外で商品が売れたら、国内の消費は二の次なのです。
※ 外国からのインバウンドである程度の消費税が期待できます。ただ、日本人と違い外国からの観光客は所得税や住民税、年金は支払いません。
③ 所得が低い非正規労働者は、結婚する率が低いのです。
※ 2024年の日本の出生率は1.2 ですが、所得が高い人の出生率は 2.0 を超えています ⇒ 多くの人の所得が高ければ少子化にはならないのです。
※ 少子化は、所得が低い若者が増えたことが原因の一つだと AI も結論を出しています。
④ 出生率が低くなります ⇒ 少子化が加速します。
※ 現在の政策は子供が生まれた時に補助をするタイプです。確かに、これも大切な政策の一つです。
ただ「出生率を上げるために所得の低い若い非正規労働者の数を減らす」というもう一つの重要な政策は誰もしていません、しようともしていません。
※ 出生率が 1.0 を切る東京都も、子供が生まれれて大きくなるまで補助や手助けをする従来のタイプの政策のみです。
※ いくら無痛分娩に補助金をだしても、収入が低い若者が結婚しようという方向に進む手助けには全くならないのです。
⑤ 所得が低い非正規労働者は、支払う年金の総額も低いです
⇒ 非正規労働者が高齢になった時に、多くの人は年金だけでは生活できません。
高齢でも働ける間はいいですが、けがなどで働けなくなった場合、活保護に頼らざるを得ない人の数も増えることが予想されます。
※ 正規労働者として収入が多く支払う年金総額が多ければ、受け取れる年金額も増え、年金だでで生活できる人の数もふえるのです。
これは、高齢で仕事をしなくても生活保護に頼らなくていい可能性が増えるのです。
□ 2024年に行われた東京都知事選挙において、少子化対策として「若者の収入を増やす政策」を訴えていたのは、私が見る限り蓮舫さんだけでした。
現職知事の小池さんは、従来の「生まれた子供をより育てやすくするための補助や手助け」は言っていましたが、
少子化のもう一つの対策であるべき若者の収入を増やすことにたいしては何も言っていないように記憶しています。
これは、小池さんも自民党と同じように大企業から献金を受けていたり、手助けをしてもらっているため、そのような政策はできないのだろうと推測しています。
少子化対策には、まず政治家と企業の関係を断つことが絶対必要な気がしてなりません。
□ 少子化はどんどん進んでいます。その原因の一つが収入が少ない非正規雇用で働く人が増えてきたことがあると思います。
一方、十分な収入がない家庭で育った子供は、経済的に余裕がある過程にくらべ学習塾などで勉強する機会が少ない傾向にあります。
その子供たちが大きくなった時に、収入が少ない非正規雇用で働かざるを得ないことが予想されます。
経済的に恵まれないことが、その子供たちも経済的に恵まれない環境に置くことになり、それが少子化につながる … という悪循環から抜け出せない状態になるのです。
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※ 経済学者の成田 悠輔さんは「なぜ人は誰も見てないSNSアカウントで政治に吠えたくなってしまうのか」と投稿されています … 私のことです。
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無視され続けている非正規雇用
※ この記事は英語とは関係がありません。正しい前提で読まないようお願いします。
□ 無視され続けている非正規雇用
最近、性的マイノリティーのLGBTQが取り上げられることが多いように思えます。
ニュースなどもそうですが、映画やドラマを観ると必ずと言っていいほど、性的マイノリティーの人が登場します。
一方、非正規雇用はどうでしょう。
働く人の3分の1は非正規雇用の時代なのに、ほとんど取り上げられていないように感じているのは私だけでしょうか。
本日2025年01月06日に、たまたま見ていたNHKの情報番組の中で、賃上げのことが取り上げられていました。
「2024年中の賃上げ 5.1% (連合)」という情報を出して、2024年に賃上げがなされたようなことを説明していました。
※ 番組の中で使われていたフリップには上記のように本当に小さいカッコ書きで情報元が書かれていました
中小企業は大企業のような賃上げは難しいとも付け加えていましたが、非正規雇用はこの世に存在しないような番組の内容でした。
最低賃金は少しずつ上がっています。正規雇用の社員の給与も毎年上がっています。
その間に存在する非正規雇用の給与・時給は、個別な件は除いて全く上がっていないのが現状ではないでしょうか。
「物価の上昇に比べて賃金の上昇が追い付いていない」ような話をよく聞きますが、
それは正規雇用の人たちの話で、非正規雇用の人たちの実質賃金は下がる一方なのです。
これは、非正規雇用の存在が政治からも情報番組などからも無視され続けているからのような気がしてなりません。
ドアの高さ
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□ ドアの高さ
最近、外を歩いている時に注意して見ているところがあります。
それは、建物の「ドアの高さ」なのです。
どうしてドアの高さに興味を持ち始めたか … 理由はテレビドラマです。
2024年に観ていたテレビドラマ「海のはじまり」の中で、夏(目黒 蓮)が水季(古川琴音)の実家を訪れた時のことです。
夏くんが部屋と部屋を移動する時に頭が当たらないように少しかがんで歩いていたのです。
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最近の俳優さんは背が高い人が多いようです。
調べてみると「海のはじまり」に出ていた目黒 蓮さんの身長は185 cmのようです。
以前に建てられた建物はどのドアも180 cm ぐらいなので、背の高い人がドアのところを通る時は
どうしてもしゃがまなければなりません。
昭和の昔なら、身長が高い人はそれほど多くなく、ドアの高さが180 cm でも困る人はそれほどいなかったのかもしれません。
最近は、多くなってきた身長の高い人に合わせてドアの高さも高くなってきているのだと思います。
歩きながらいろいろな建物のドアを確認して気づいたことがあります。
最近建てられた建物のドアは全て 200 cm ほどある高いドアなのです。
見た時に「以前に建てられた建物」だと思われる建物のドアは 180 cm ほどの低いタイプなのです。
逆に言うと、ドアの高さが高いか低いかで比較的新しい建物かどうかが判断できるのです。
判断できるのは戸建てだけではありません。アパートやマンション、それに店舗も同じです。
高いドアは比較的新しい建物のようなのです。
年末年始になると、以前放送されていたテレビドラマが一挙再放送されることがあります。
2025年01月02日に「東京MER」の再放送をたまたま観ました。
その中で鈴木 亮平さん演じる喜多見 幸太がMERの仲間を自宅に招待するシーンがありました。
食事がベランダに準備されていて、鈴木 亮平さんが部屋からベランダに出る時に、
頭をぶつけないように、やはりしゃがんでいたのです。
調べてみると鈴木 亮平さんも186 cmと長身でした。
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年賀状 … 最後の砦(とりで)
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□ 年賀状 … 最後の砦(とりで)
年賀状の意味合いは人によって違うと思います。
私の場合、年賀状は「最後の砦(とりで)」と思っています。
最近の10代、20代の人は生まれたときからパソコンや携帯電話があり、友達や知り合いとのやり取りは
もっぱらそういった機器を通して行っているのではないでしょうか。
私の場合は、そういった機器を使う前に知り合った友人や知り合いがいて、その中には、Mail アドレスや携帯の電話番号すら知らない人がいます。
そういった人たちもスマホを持っていたり、SNSを使っていたりするのでしょうが、今まで教えてもらう機会もなかったため、
連絡をとるのは、もっぱらその人たちの住所宛てに手紙やハガキを送ることになります。
電話番号やMail アドレスやSNSを教えてもらっても日ごろやり取りをしないことが予想されるので、聞いたりすることもありませんでした。
そのように日ごろやり取りをしない人たちと唯一繋がってきたのが「年賀状」だったのです。
もし年賀状のやり取りもなくなると、私的には、いよいよ「付き合い・繋がり」がなくなったことを意味しています。
別な言い方をすると「年賀状は最後の砦(とりで)」なのです。
年賀状作成は、以前に比べると楽になったものの、それでも年末の忙しい時期に負担に思える作業です。
ただ、それでも続けてきたのは「最後の砦」を守るため … のような気がします。
年賀状のやり取りに関係なく、Mail や LINE などでやり取りをしている人がいます。
そういう人たちは、たとえ年賀状のやり取りをしなくなっても付き合いは続いていくかもしれません。
ほとんどの人と電子機器を使って連絡したりやり取りをしている人たちにとっては、年賀状は特になくても困らないモノなのかもしれません。
私の場合は、そういった連絡手段を持たない友人や知り合いもいるため、年賀状が最後の砦になっている一面があります。
もし自分か相手のどちらかが引っ越して、住所変更の連絡をしなかった場合は、もう連絡する術がない人たちがいるのです。
以前は楽しく話したり同じ時間や場所を共有していた人たちも、年賀状でぎりぎり繋がっている関係になっている場合もあります。
遠く離れて住んでいて、日ごろ話す機会もないので、だんだんつながりが薄くなっていくのは仕方のないことだと感じています。
「巻き戻し」って死語ですか?
この記事は英語と関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□「巻き戻し」って死後ですか?
NHKの「チコちゃんに叱られる」を見ていた時に、その番組のナレーションをされている森田 美由紀さんが言っていた話です。
誰かと一緒に動画を見ていて、もう1回見たい部分があったので「巻き戻しして」とお願いしたら、どういう意味か聞かれたそうです。
今は「早戻し」と言うらしいのです。
テープレコーダーや、VHSのビデオレコーダーを使っていた世代からすると、動画を前に戻すのは「巻き戻し」なのです。
文字通り、カセットテープやVHSビデオのテープを巻いて戻すので「巻き戻し」です。
ただ、今は、YouTube などの動画を見ていても「巻いて戻す」という感覚はもうないのでしょうね。
スイッチをオンするのを英語では、未だに turn on と当初の言い方 turn を使っているのに「巻き戻し」という言葉は生き残れなかったようです。
それにしても、テープレコーダーや、VHSのビデオレコーダーでも「巻き送り」ではなく「早送り」というのに、なぜ「早戻し」ではなく「巻き戻し」という言葉だったのでしょうか?
この記事は、2024年最後の新規投稿になります。2024年は、思ったほど新規投稿できませんでした。
2025年は、英語に関する記事の投稿を充実していこうと思います。また過去の記事も改訂していくつもりでいます。
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齋藤 冬優花さん卒業 (欅坂46・櫻坂46)
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□ 齋藤 冬優花さん卒業 (欅坂46・櫻坂46)「ふーちゃんありがとう」
本日2024年12月04日(水)、櫻坂46 から齋藤 冬優花さんが卒業されました。
齋藤 冬優花さん(以下、愛称の「ふーちゃん」と書かせていただきます)を知ったのは、現在の櫻坂46が欅坂46だった時のことです。
たまたま、「二人セゾン」というMV (ミュージックビデオ)を見た時に、印象に残った3名のメンバーがいました。
そのうちの一人が、ふーちゃんだったのです。他の二人は平手友梨奈さんと土生瑞穂さんだと後にわかりました。
当時は欅坂46というグループ名は知っていても、メンバーに誰がいるのかさえ知りませんでした。
当然、顔を見ても誰が誰だか全く分かりませんでした。
欅坂46が普通のアイドルとは違うことが分かり興味を持ち、応援するようになりました。
欅坂46が櫻坂46と改名する時は、このまま応援するか迷いましたが、
様子を見ようと思ったまま、応援し続けて今日に至りました。
ふーちゃんは、私にとってのいわゆる「推しメンバー」だったのです。
今年(2024年)に入り、欅坂46のオリジナルメンバーが3人にまで減っていました。
今年の4期生応募が始まったころからでしょうか、ふーちゃんが新しいブログを公開するたびに、いつもビクビクして内容を読み始めたのを覚えています。
いろいろな状況を考えると、ブログの内容が、もしかして「卒業のお知らせ」… なのではないかとずっと緊張した感じだったのです。
普通の内容だとわかるとホッとしました。そんなことがずっと続き、
そして、ブログの内容が卒業のお知らせだとわかりました。
複雑な気持ちと共に、「もうビクビクしなくていいんだ…」という感情も含まれていました。
他の卒業してしまったメンバーを推していたファンの方も、もしかしたら同じような感情を味わっていたのたかも … と思いました。
本日は、櫻坂46の Backs Live というライブが行われました。
その中で、昨日に続き続きふーちゃんは「何度 LOVE SONGの歌詞を読み返しただろう」という楽曲のセンターを務めました。
もともと、別な三期生のダンスがうまいメンバーがセンターをしている楽曲なのですが、
ふーちゃんのダンスは、その人のダンスとは少し違っているものの、いつものようにキレキレで「圧巻」でした。
まだまだ、こんなにすごいパフォーマンスができるのに残念だな … と思いました。
櫻坂46 の中にはダンスがうまいメンバーが何人もいて、ふーちゃんはその中の一人なのです。
櫻坂46 のメンバーの数を考えると、現状で新しいメンバーを募集するような時期とは全く思えなかった中、4期生の募集が始まりました。
大人数のアイドルグループにとっては、ある程度のメンバーが卒業し、新しいメンバーが入ってくるのはしょうがないことなのだと頭では理解しているのです。
ただ、ふーちゃんのパフォーマンスを、もう櫻坂46の中で見ることができなくなると思うと、やはり寂しい感情がわいてきます。
その感情と共に、欅坂46と櫻坂46のためとファンのためにずっと頑張ってきてくれたふーちゃんに感謝したいです。
本日行われた Backs Live にはたくさんの Buddies (櫻坂46のファンの総称) が集まっていました。
全ての人がふーちゃんのファンの方ではないと思うのですが、ふーちゃんの卒業セレモニーが始まると、
みんなサイリュウムの色をふーちゃんのカラーの黄色にしてくれ、大きな声で声援してくれました。
そんな心遣いができるファンの方にも感謝の気持ちでいっぱいです。声援の大きさに感動さえしてしまいました。
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Mac Mni … 日本とアメリカの感覚の違い
この記事は英語とは全く関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いいたします。
□ Mac Mni … 日本とアメリカの感覚の違い
アメリカのスパイ映画などで、夜中に会社の役員室や家に忍び込みパソコンから欲しい情報を盗みだす…というようなシーンを見たことはないでしょうか。
この時、忍び込んだ人がパソコンの前でだいたい最初にするのがパスワード入力です。
日本では、真夜中の誰もいないオフィスなどに忍び込み、パソコンからデータを盗もうとする場合、通常は、まずパソコンの電源を入れなければならないのではないでしょうか。
私の場合も、職場では帰宅する時にパソコンをシャットダウンして帰ります。自宅でも出勤時や長く家を空ける時、パソコンの電源は切っています。
どうもアメリカでは、パソコンの電源は入れたまで、長くく使わない時は「スリープ」などの状態にする人が多いようなのです。
アメリカに仕事で数年滞在していた友人も「アメリカ人はパソコンの電源を切らない」と言っていました。
話は変わりますが、
アップルが11月8日に手のひらサイズの Mac Mni というコンピューターを発売した。
発売された時に、少し話題になったのが、電源ボタンが底面にあり、非常に押しずらいということでした。
3Dプリンタを使って、電源ボタンを押しやすくする道具まで作った人まで現れました。
この「押しずらい電源ボタン」についてアップルにコメントを求めたところ
「使わないから問題ないでしょ」というのが回答だったようなのです。
アメリカでは、パソコンの電源を一回をいれたら、あとはスリープ機能を使うので電源ボタンは使わない…というのが多くの人がしている使い方のようなのです。
日本人は、省エネとか節約などで、いろいろな電化製品の電源をこまめに切ったりするひとが多いように思われます。
一方、アメリカではそういった意識が低いような印象をうけます。
アメリカの家庭が出てくる映画やドラマを見ると、使っていない誰もいない部屋の電気もつけっぱなしにしているのをよく見かけないでしょうか。
□ 下記のMac Mini の画像は、Apple の公式ホームページより拝借しています (リンクをクリックすると外部サイトが開きます)。
バットマンとイーロン・マスク氏
この記事は英語と関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ バットマンとイーロン・マスク氏
アメリカのコミックスにはバットマンのような正義の味方が何人かいます。
バットマンのように世の中を良くしようと思う時に必要なあると思うのです。。
それは、余裕ではないでしょうか … 金銭的な余裕と時間的な余裕が必要と思われます。
・他の人のために何かしたいと思っていても、自分がギリギリの生活をしていては他の人に何かすることは難しいのです。
平日普通に働いている人は、有給休暇があるとしても、他の人が助けを求めている時に仕事を休んで何かをするにはどうしても限界があります。
バットマンの正体は超大金持ちのブルース・ウェインです。
特殊なバットマンカーや特殊なスーツを作る費用を出すことができます。
市民が必要とするときには、いつでも出ていくことができます。
必要なお金や時間を自由に使うことができるのです。
これは、大金持ちだからできることだと思うのです。
バットマンとイーロン・マスク氏には共通点があります。
それは両者とも超大金持ちだということです。
ただ両者には違いがあるように思えてなりません。
自分のお金と時間を、バットマンは他人のために使っています。
他方、イーロン・マスク氏は、どうでしょう。
私の目には、彼は自分や自分の会社に利益になることだけのために行動しているように映るのです。
自分や自分が所属する組織のために行動するのは当然と言えば当然です。
ただ、普通の人にはできない、超大金持ちと言われる人にしかできないことがあるように思えます。
そういった超大金持ちである人が、普通の人と同じように私腹を肥やすような行動しかしていないのはとても残念な気がします。
令和の米騒動
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□ 令和の米騒動
円安などの影響で、いろいろなものの価格が上がってきました。
パンや玉子などの値段が少しずつ上がるなか、米の値段だけはあまり上がらないでいました。
自分の中で「米は優等生」だったのですが、最近は一番値上がりしたものが米のように感じています。
急に値段が上がった一番の原因が「(2024年) 8月8日の南海トラフ地震の臨時情報の発表」と思っています。
地震に備えて備蓄などを呼び掛けたためか、米を購入する人が増えスーパーから米が消えました。
政府が備蓄米を放出してくれていたら、多少はよかったのでしょう。ここまで米の値段が上がることもなかったような気がしています。
政府は「新米が出れば解消される」として備蓄米の放出はなく、スーパーの棚から米がない状態がずっと続きました。
米が買えない状態が長く続いたことが、米の値段を上げた原因のように思っています。
米が買えない状態になる前は、5キロで千円台の米もありました。5キロ3千円台のものは私には高級品で、以前は購入したことがありませんでした。
私が好きな「ユメピリカ」は、安売りの時には税抜きで5キロ1980円の時もありました。
米がスーパーの棚から消えたため、インターネットでカリフォルニア米を購入してみました。
8キロ税込みで4980円でした。カリフォルニア米を購入するのは初めてでしたが、
購入した米には、おいしいという書き込みもあったため少し期待していました。
実際に食べてみると、私にはおいしく感じませんでした。
今回購入したものは、日本で作られている米の種類とは異なり、米の粒が長く少しパサつくためピラフ・チャーハン、カレーなどに合うと言われている米です。
日本の米のつもりで食べたため、期待ハズレだったのです。
土鍋を使ったある程度いい炊飯器を使っているのですが、その炊飯器をもってしてもダメでした。
8キロあるので、食べきるまでに結構長い日数がかかりました。
カリフォルニア米を食べるまで「ご飯はおいしい」というのが当たり前だったので、ごはんを食べるのが正直きつい時期でした。
カリフォルニア米を食べきった後に、ネットで購入していた「こしいぶき」という米を食べました。
久しぶりの「こしいぶき」でしたが、ごはんだけでも十分おいしいのです。
米の値段が上がる前、「こしいぶき」は、安い時は5キロ税抜き1800円ほどで買えていましたが、今回は5キロ税込み3600円しました。
適当に購入したのではなく、検索してなるべく安いものを買ったのにこの値段です。
近くのスーパーでは同じ銘柄の米が5キロ税抜き3700円ほどしています。
最近は、コープでも以前のように棚に米が並ぶようになりました。
ただ、値段は最低でも5キロ税抜き3000円以上するのです。以前1500円ほどで買えた米でも3000円以上するのです。
普通の銘柄米なのに、「以前であれば絶対に購入しない高級米の値段」がするのです。感覚的には、米は数年前の倍の値段がしています。
「高ければ買わないモノ」であればいいのですが、主食のお米は高くても買わなければならないのです。
高いけれど、ごはん抜きで「おかずだけの食事」は余計食費が高くなります。
また、たまの麺類はいいのですが、ずっと麺類は耐えられません。それだけごはんが好きなのです。
最近の米の値段にはちょっとまいっています。
2025年02月時点での追加情報になります
最安い時には、税抜き価格1980円だったユメピリカですが、近くのスーパーで税抜き価格5280円まで上がっていました。
とても「買おう」とは思えない価格になっていました …。
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恐るべし「櫻坂46 三期生」
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□ 恐るべし「櫻坂46 三期生」
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櫻坂46 三期生の単独ライブの配信を2024年10月09日と、リピート配信を10月13日に観ました。
以前は、ライブやコンサートと名がつく物を DVDや Blu Ray 以外で観ることはもうないだろうと思っていたので、
配信という鑑賞の仕方が新たに登場してとてもありがたく感じています。
この櫻坂46 三期生の単独ライブですが、期待はしていたのですが、期待をはるかに超えてきました。
内容を項目に分けて具体的に書こうと思います。
□ ダンス
今回のセットリストの楽曲の多くは、イントロの前にダンスを入れたり、間奏部分を長くするなどして通常の楽曲より長いバージョンでした。
それだけ、ダンスに自信があるという現れだったようにも思えました。
実際、ダンスレベルはすごかったと感じました。
三期生が櫻坂46のメンバーに選ばれた後、山梨県の山中湖で合宿が行われました。
その時のレッスンでは、ダンス未経験者の中には、周りについていけず音楽の途中で立ち尽くすような光景やダンスが思うようにできず涙する光景がありました。
その時のことを思うと、ダンスのレベルは驚くほど上がったように思いました。しかも「どうにか踊っている」というレベルではなく
入ってきた当初、ダンスが苦手だったメンバーでさえ「自信さえ持ってダンスしている」ようにも感じました。
櫻坂46はポジションによってメンバーそれぞれが違う振付でダンスをすることが多いのですが、
間奏部分でユニゾンと呼ばれる全員同じ振付でダンスする箇所も、今回見ていて気持ちがいいほどそろっていました。思わず「おー」と言ってしまうほどでした。
「自業自得」という曲のイントロ前のソロダンスでは、高速でしなやかなダンスに感動さえ覚えました。
櫻坂46のメンバーの中にはダンスを得意とする人が何人もいます。その人たちの多くは、どちらかというと「力強い」感じなのです。
ダンスが得意な人であれば、テンポがゆっくりなら「しなやかに」ダンスするのは、それほど難しくないかもしれません。
ただ、今回のは「しなやか」なダンスはとても速かったのです。
今までの櫻坂では見たことのないタイプのダンスに新鮮さを感じました。
パフォーマンスしていたのは、同じ三期のメンバーの一人から「(三期生の) 最終兵器」と呼ばれていた2人のうちの一人でした。。
あまりにもダンスが速かったので、素人の私にはどうダンスしているか全く頭がついていっていなかったくらいでした。
ただ、素人の私でさえ心揺さぶられました。
□ 歌
最初の何曲かを見ていた時に、歌が上手いと感じる人を見つけました。
「ただ歌が上手い」だけではなく、声の音域や質などもいいのです。
櫻坂46の中にも歌が上手いメンバーは何人かいます。ただ「ソロの歌も聞いてみたい」と思ったのは今回初めてでした。
大人数のアイドルグループは、あまり歌唱力を重要視しないでメンバーが選ばれている印象があります。
そのためか、声の質が魅力的で歌がうまいメンバーがいるのを発見し驚かされました。
その歌がうまいメンバーの他にも、声の質が近くて歌がうまいと思う人がもう二人いるのです。
ライブの最後に、今月発売の10thシングルに入っている三期生楽曲の告知がありました。
そのセンターを務めるのが、その「歌が上手い」と感じた人だったのです。
※ 10thシングルの特典映像に 8th シングルのバックスライブの映像が入っています。
今回見つけた歌のうまい子が今まで見つけられなかったのか、その映像を注意しながら見てわかりました。
それまでは、他のメンバーと一緒に歌っていることが多く、そのため歌がうまいことに気が付かなかったのです。
※ 今回、歌がうまいとわかった人は、山中湖の合宿で歌唱指導の先生から注目されていた二人のうちの一人でした。
※ 10thシングルに入っている三期生楽曲「本質的なこと」のMV (ミュージックビデオ)は ⇒ コチラ
(外部サイトが開きます)
□ トーク
何曲かに1回の割合でトーク (MC) が入ります。緊張していることを感じさせるメンバーもいましたが、
全体的に三期生はトークが上手いのです。リハーサル中の何気ない話題などを入れているのですが、聞いている人を楽しませてくれるような内容ばかりでした。
今回に限らず、三期生のトークは、加入してごく早い時期におこなわれた「お披露目会」のころからしっかりしていると感じていました。
もちろん、本人たちがもっている天性のようなものもあるとおもいますが、別なことも影響しているよな気がしています。
以前、二期生がライブのトークの準備不足でスタッフの人から注意された経験が引き継がれているのではないでしょうか。
三期生の中には「話し方が上手い」と感じさせられる人が一人います。
櫻坂のライブでは、1期生・2期生も含めいろいろなメンバーのトークを聞いてきました。
みんな個性があり、真剣な内容から楽しい・面白いトークがありました。ただ「話し方」という面で感心させられたのは三期生のこの人だけです。
同じ内容のことでも、言い方やイントネーションで聞いた感じはずいぶんと違ってきます。
今までになく、違う感覚ですんなりと入ってくる話し方をしていたのです。内容だけでなく「話し方」に驚かされました。
※ トークに関してスタッフの方から注意された話は、ライブの中で二期生のメンバーが話していました。
□ 個性的
櫻坂46 の三期生11人全員はとても個性的です。
ダンスが上手い人もいれば、歌が上手い人も、おしゃべりが得意な人もいます。感情表現が豊かな人もいれば、独特な雰囲気を持った人もいます。
11人が似たような感じでなく、それぞれ個性的なのも多くの人を引き付けているところかもしれないと思いました。
□ Buddies (櫻坂46ファン)
Buddies と呼ばれる櫻坂46 のファンもすごいです。
ライブやメンバーの気持ちを盛り上げてくれるのはもちろんですが、ライブを観る態度・姿勢も関心させられます。
メンバーの気持ちが乗るようにとても大きな声で声援してくれますが、静かにしなければならない「静寂の暴力」の曲の時は本当に静かに見守っています。
パフォーマンスする人たちも、このような応援なら心が動かされたり、力が自然と入るのだろうな…と思わされます。
予想外れた「海のはじまり」
※ この記事は直接英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 予想外れた「海のはじまり」
ドラマ「海のはじまり」が最終回を迎える前に、最終回の内容を予想しましたが、大きく外れました。
別れたしまった夏(目黒 蓮)と弥生 (有村 架純)が、海ちゃん (泉谷 星奈)を通して初めて会ったかのように知り合う … という展開を予想していました。
実際の展開はどうだったかというと、個人的には予想を超えていい感じで終わりました。
急に休日出勤になった夏は、以前であれば 海ちゃんに一人でお留守番をお願いしていたと思うのです。
夏は、それまでにいろいろなことがあり、いろいろな人からいろいろなことを言われ考えてきたのでしょう。
思いなおして他の人にお願いすることにしたのです。
そのお願いした人とは、夏からしたら一番お願いしずらいと思われる津野 (池松壮亮) だったのです。
津野は、海のお母さん水季 (古川琴音) の同僚で、今まで夏に対して厳しい言葉を投げかけていた人だったからです。
津野が夏のアパートにやってきたので、夏が仕事のため家を出ます。
その後に、弥生と夏の弟の大和 (木戸大聖) までアパートにやってきて、3人で海と過ごすことになりました。
夏と弥生はお別れしているので、3人をつなぎとめているのは海ちゃんなのです。
ドラマが終わった後の展開は、ドラマを見ていた人がそれぞれに想像すればいいことだと思います。
個人的には、その後も本来交流のなかった人たちが海ちゃんを通して繋がり続けていく … ような感じがしています。
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本当に、この先100年現れないのだろうか?
※ この記事は英語とは関係ありません。正しいという前提で読まないようお願いします。
□ 本当に、この先100年現れないのだろうか?
日本時間の2024年09年20年に、メジャーリーグで、大谷翔平選手がホームラン50本・盗塁50を成し遂げました。
この快挙に対して、もとプロ野球選手のデーブ大久保こと大久保博元さんがテレビ番組でコメントをされていました。
すごいことだということを示すために、今生まれた子供が100歳になるまで、その子が見るホームラン・盗塁の記録は大谷選手のままだろう…というのです。
確かにすごいことで、長いメジャーリーグの歴史の中でも今まで誰も成し遂げたことがない記録です。
ただ、100年先も破られない記録かというと疑問があります。
もし大谷選手が現れていなかったら、この先100年間も 50ホームラン・50盗塁をしている人はいなかったかもしれません。
無理だと思われることも、誰かができることを示すと状況が変わることがあります。
二足歩行ロボットは、しばらくは実現が不可能だと思われていました。
1996年に本田技研工業が、二足歩行ロボット ASIMO を発表しました。それを見た時は本当に衝撃的でした。
それまで見たことがある二足歩行ロボットは、倒れないように「すり足」のような感じでぎこちない動きをするものだけでした。
それが、人間のような滑らかな動きでロボットが歩いていたのです。それまで見てきたロボットとはレベルが全然違っていたのです。
二足歩行ロボットが実現可能とわかったとたんに、ASIMOと同じかそれ以上の性能を持つ二足歩行ロボットが次々に世の中に出てきました。
大谷翔平選手が投手と打者の二刀流をすると言い続けた時は、実績がある元プロ野球選手のほとんどは無理だと言っていました。
大谷選手が日本ハムファイターズに入り、ある程度二刀流の実績を積んで、メジャーリーグに挑戦する時点でも
二刀流は無理と言う専門家がほとんどだったと記憶しています。
大谷選手がメジャーリーグで実績を積むにつれ、最初は反対していた人たちの考えも変わってきたようでした。
大谷選手が現れ、アメリカでも二刀流でメジャーリーグを目指す人が増えたと聞いています。
もし大谷選手がいなかったら、この後100年も二刀流の選手は現れなかったかもしれません。
できることを示してくれる人が現れることによって、それまで不可能だと思われていたことが可能になり、挑戦する人も増えてくるのです。
大谷翔平選手が50ホームラン・50盗塁ができることを示してくれた今、
それ以上の成績を狙おうと思い練習する選手がでてこないとは言えなくなったように思えてなりません。
大谷翔平選手と映画「ルックバック」
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□ 大谷翔平選手と映画「ルックバック」
先日、映画「ルックバック」を観てきた時に、主人公の藤野のように本当に何かを夢中にしている人はいるのだろうか…と思いました。
主人公の藤野は、学校にいる時も、帰宅してからもずっと絵を描き続けています。
家族の他の人が一緒にソファに座ってテレビを楽しんでいる時も、一人台所のテーブルで絵を描いています。
学校の友達が一緒にどこかに出かける時も、絵を描くために一緒に行動しません。
学校で空いた時間は、他の人には目もくれず自分の席で常に絵を描いています。
中学・高校の時は夢中になることを見つけた人も多いと思います。
ただ、その見つけた「夢中になれること」以外にもやりたいことや、魅力的に思えることも多い年ごろだと思うのです。
友達とカラオケに行ったり、映画を観にに行ったり、ファミレスで食事しながらいろいろおしゃべりをしたり…「青春」という感じがします。
そのような「青春」と言るような楽しいことを全てしないで、自分が好きなことだけに集中するような人が実際にいるのでしょうか?
ずっと考えていたら、知っている人の中に一人いました。
メジャーリーガーの大谷翔平選手です。個人的に知り合いではないので、情報は全てテレビ番組やインターネットの記事からになります。
大谷選手は、チームメイトが食事などに誘っても「早く寝たいから」と、その誘いを断るらしいのです。
これは、以前チームメイトだった人もテレビ番組で証言しています。
試合や練習で疲労した体を回復するには睡眠が大切です。
誰かと外食するとどうしても時間がかかってしまいます。その分睡眠時間を削ってしまうことになります。
少しでもベストな状態で試合に臨むために、睡眠時間を十分にとる必要があり、
大切な睡眠時間を削らなければならない外食はしたくないことの一つだと思われます。
大谷選手が、インタビューでニューヨークのどこが好きか聞かれた時に、試合の後に出かけないのでわからないと答えたのは有名な話ではないでしょうか。
メジャーリーガーであれば試合で、アメリカ各地の有名な土地を訪れます。有名な土地には魅力的な場所やお店、レストランがたくさんあるハズです。
そのような場所に行くことより、ホテルで体を休めることを選ぶのが大谷選手なのです。
大リーグで過去に誰も成し遂げたことがない「ホームラン50本、盗塁50」を2024年09月20日に成し遂げました。
試合が終わってから、ロッカールームでチーム全員がシャンパンで乾杯をしたという記事を読みました。
その記事の中で、「普段アルコールを飲まない大谷選手も、さすがにこの日だけはみんなと乾杯した」ということが載っていました。
プロ野球の選手の中には、試合の前の日でも朝方まで飲んでいる人もいるようで、
引退した選手の中には、お酒に関して伝説のような話が残っている人が何人もいるくらいです。
大谷選手は、お酒は飲めても、(シーズン中の試合前は特に)お酒を飲むことを避けていることも納得できます。
飲酒や喫煙は、スポーツをする上で、身体にマイナスの影響を与えることがあってもプラスの影響を与えることはありません。
一流のプロスポーツ選手の中には、飲酒や喫煙をする人もいると思います。
ただ、大谷選手のように「超一流のプロ選手」を目指すのであれば、飲酒や喫煙は当然避けるべきもの中に入っているのではないでしょうか。
「宮田笙子さんオリンピック辞退に思う」という記事にも書きましたが、行動が規則に違反するかどうか以前に
その道で、超一流になろうと考えているなら、オリンピックで本気でメダルを目指そうとしているのであれば
誰かから注意されなくても、未成年かどうかも関係なく「飲酒・喫煙」は、してはいけないことだったと思うのです。
大谷翔平選手も、映画「ルックバック」の中の主人公の藤野も、
自分がすべきことをただ黙々としている点では同じように思えてなりません。
小説「木を植えた人」に登場する主人公もこの二人と非常に似ているように思えます。
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